ワインの欠陥(オフフレーヴァー)と還元臭〜還元臭はネガティブなのか?〜

自然派ワインが大流行している昨今ですが、ナチュラルワインを選ぶにおいて特に気をつけなければいけないのが「オフフレーヴァー(欠陥臭)」です。
ただ、一言に欠陥と言っても程度によってはむしろワインの複雑味を助長させるものや、人によってはオフフレーヴァーを好意的に楽しむ人もいますので全てが欠陥とは言えないのです。香水などでも言える通り、単体では好ましくない香りでも組み合わせによってより人々を魅了する香りに変わることは少なくありません。
しかし中にはその他の要素をすべてマスキングするようなオフフレーヴァーもあります。オフフレーヴァーと気づかずにそのワインの個性と捉え、そのワインが好ましくないと判断してしますのは、あまりにももったいなく思います。ここでは代表的なオフフレーヴァーの特徴と原因などについて紹介していきます。
オフフレーヴァーを理解することでワインをより正確にとらえることができるようになり付き合いやすくなることと思います。
①ブショネ
ワインの欠陥と聞いてまず思いつくのは、この「ブショネ」ではないでしょうか。ブショネは基本的にコルクから引き起こされる欠陥ですが、時折発酵槽そのものから引き起こされることもありそのロットのワイン全てに欠陥が確認できます。
原因
原因としてはTCAという物質ですが、これは塩素とカビの反応によって発生する物質です。コルクや熟成槽などの木材は使用前に洗浄されますが、その際に塩素を用いることが多いのですが、その塩素が残ってしまいワイナリー等のセラー内でカビと反応を起こすことで発生します。さらに、TCAには僅かながら感染力があり同梱しているワインからも見つかることがあります。
特徴
カビや湿った段ボールのような不快な臭い。
対策
生産者たちはブショネのワインが発生しないように、醸造所の木材の使用を可能な限り控えたり、コルクの代わりにスクリューキャップや人工コルクを使用するなどして対策をとっています。
なお、ブショネのワインに食品用ラップを漬けることで軽減させることが出来ます。

②フェノレ(ブレット)
日本では馬小屋臭などとも呼ばれる欠陥臭です。暖かい地域の赤ワインによく見られる欠陥ですが、最近ではブルゴーニュでも見られるようになっています。また新世界と旧世界を見分ける上でもフェノレは重要な手がかりとなりえます。新世界ではフェノレをできるだけ排除するという思想が強く旧世界に比べるとフェノレの比率は低いと言えます。
なお、程度によってはフェノレはスパイスやレザーのニュアンスと捉えられ、ワインに骨格を与えるとされており高級ワインが意外に多くフェノレの原因となる成分を保有していることも少なくありません。
原因
ブレタノマイセスという微生物。
フェノレはこの酵母に因んで「ブレット」とも言われます。ワインに含まれている酸がブレタノマイセスと反応することで揮発性フェノール類が発生し不快な臭いを産み出します。
多くの場合、樽熟成、pHが高い、マロラクティック発酵を行っている、So2使用量が少ない、ノンフィルター、発酵時の温度が高い、などの特徴を持つワインに発生することが多い。そのため、結果的に高級ワインほどリスクが高いと言えます。
特徴
馬小屋、燻製肉、救急箱
対策
ブレタノマイセスはワイン造りのなかで必ず存在すると言われています。そのため対策としてはこの酵母の活動を抑制することが必要です。醸造所の衛生管理を徹底的に行い、酸化防止剤を適量使用することで対策が取られています。

③揮発酸
こちらも程度によってはフレッシュネスや爽やかさをもたらすため、ポジティヴな面も持つが基本的には不快な印象を抱かせます。Volatile Acidとも言われ日本でもVA(ヴイ・エー)と呼ばれることもある欠陥臭です。EUではワインに含まれるVA量に上限があり、赤ワインでは1.2 g/l、白・ロゼワインでは1.08 g/lを超えてはいけません。一般的に0.8g/l以上の含有で不快に感じると言われています。セメダイン臭と呼ばれる薬品香が特徴です。
原因
酢酸エチル
バクテリアの繁殖などで生成される酢酸エチルが原因で不快感を生みます。他にもワインに含まれる酢酸菌が作用するケースなど様々な用人で発生するため、一概にこれが原因とは言えません。
特徴
ボンド、除光液、お酢
対策
十分な量のSo2添加
④還元臭

ここまで、ブショネやブレッド、揮発酸といったネガティブなフレーヴァーについて解説してきましたが、ここで解説する還元臭は近年のワイン界においても意見が別れるもっとも重要なテーマの一つです。
ワインの醸造、熟成での窒素不足が引き起こす不快臭です。酸化の逆の現象で、揮発性硫化化合物(VSC)により発生する香りです。揮発性が高いため、低濃度でも強い香気を放つことが特徴です。また同じ硫黄化合物でも種類が複数あり、ポジティブなニュアンスを与えるものや反対に不快感のある香りを与えるものもあります。
ポジティブな場合は、トロピカルフルーツやパッションフルーツ、シトラスのアロマを与えます。これら低濃度の還元臭は、とりわけニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランで好まれることが多いです。
ネガティブなニュアンスとしては腐卵臭、下水臭、生臭いキャベツ、ゴム臭、石鹸の香りなどといった不快な臭気を放つことがあります。ブルゴーニュのシャブリやロワールのプイィ・フュメなど一般にスモーキーや火打石のニュアンスもベンゼンメタンチオール(BMT)由来のものと言われています。
一般的な還元臭は揮発性が高いため抜栓直後に感じたとしても時間の経過とともに消えていきますが、重度の場合はスワリングやデキャンタージュを行っても取れないものもあります。
So2の添加を控えたワインの場合は酸化を極端に避けることが多いため還元しやすくなります。スクリューキャップのものやステンレスタンク醸造・熟成、澱引きなしのワインにも還元が見られやすい傾向にあります。


原因
還元臭の原因は揮発性硫化化合物の発生によるものです。
硫化化合物の発生原因としては主に「窒素不足」によるものですが、様々な複合的な要因が絡んでいます。
クイーンズランド大学の食品化学の専門家Marlize Bekker氏 はワインの製造過程における、還元臭の発生要因について詳しく解説しています。Bekkerの解説は詳細かつ多岐に渡りますが、ここでは分かりやすく内在的要因と外在的要因の二つに大別して紹介します。
①ブドウ由来の(内在的な)硫黄源

ワインにおける最初の還元臭の最初の「材料」はブドウに自然に含まれている硫黄成分です。このような成分は揮発性ではなく、通常は安定したイオンや有機分子の形で存在しています。ワインの製造過程において、酵母や化学反応によって分解・化学変化することによって、硫化水素(H₂S)やメタンチオール(CH₃SH)といった揮発性硫化化合物になる可能性があります。
このようなブドウに潜在的に含まれる硫黄成分には、土壌や生育環境が関係しています。例えば、硫酸塩(SO₄²)はブドウの主たる硫黄成分です。硫酸塩の濃度は、土壌の鉱物組成や施肥内容、灌漑用水のミネラル含有量等によって作用されることが研究によって明らかになっています。
ブドウはこのように将来の「還元臭」の原因になりうる硫黄成分をその生育段階からポテンシャルとして保持しています。
②畑・収穫時の(外在的な)硫黄源

ブドウにおける揮発性硫化化合物の生成には、もともとの果実成分だけでなく、栽培や収穫の過程で人為的に加えられた硫黄も関わります。
ブドウ畑では、うどんこ病やべと病などの真菌性病害の防除のために、硫黄成分(元素状硫黄)を含む農薬や殺菌剤が広く用いられています。元素状硫黄は、発酵中に酵母のはたらきによって硫化水素(H₂S)へと変化する可能性があることが知られています。硫化水素は極めて低濃度でも腐卵臭を発し、ワインの品質を大きく損なうことになります。
また収穫時には、酸化防止や微生物抑制のために、二酸化硫黄(SO₂)や亜硫酸カリウム(PMS)が添加されることがあります。これも発酵中の酵母のはたらきによって、硫化水素が発生しやすくなります。
また瓶詰め後も、ワインに含まれる二酸化硫黄が鉄・銅といった金属イオンの触媒作用によって還元され、硫化水素が発生する可能性があります。
これら外在的・人為的要因は、使用量や添加時期を管理できるため、揮発性硫化化合物の発生を抑制する上では重要なポイントと言えるでしょう。しかし、農薬や防カビ剤に含まれる硫黄成分がどの程度還元臭に影響を与えているのか、その具体的なメカニズムの解明には至っておらず、今後の研究成果が待たれています。またメカニズムが解明されていないゆえに、作り手の考えや個性が大いに反映される点でもあります。
○以上が大まかな発生要因をまとめたものになります。上述した通り、還元臭の具体的な要因を特定することは難しく、ワインの製造過程における複合的な要因が絡み合っていることがわかると思います。
対策
ワインにおける揮発性硫黄化合物(VSC)の発生を抑えるためには、発酵から熟成、瓶詰めまでの各工程で複数の管理戦略が活用されています。
・窒素補給
もっとも基本的な方法の一つが、発酵中の窒素補給です。酵母利用可能窒素(YAN)が不足すると、酵母は硫黄代謝の過程で余剰となった硫化物を硫化水素(H₂S)として放出しやすくなります。このため、リン酸二アンモニウム(DAP)などの窒素源を発酵初期から中期にかけて添加することで、硫化物が含硫アミノ酸合成に取り込まれ、H₂Sの生成が抑えられます。また、酸素供給と併用することで、酵母の代謝バランスをさらに安定させることが可能になります。
軽度の場合はスワリングやデキャンタージュによって還元臭を飛ばすことも可能です。
還元臭はネガティブなものなのか?
2000年代に行われた調査では、消費者の多くが還元臭をネガティブなニュアンスとして捉えていることを明らかになっています。それでは還元臭とはネガティブなものなのでしょうか。ここまで、還元臭の種類、発生の原因そして対策を解説してきました。しかし、最後にここで還元臭とは必ずしもネガティブなものではないということをお伝えしようと思います。
還元臭とは上述の通り、腐卵臭やキャベツ、ゴム、玉ねぎといったネガティブかつ不快感のある香りを指す場合が多いです。しかし、微量の場合は、トロピカルフルーツやシトラス、ミネラル感にスモークといったワインの味わいをより複雑にするような香気を与えます。つまり、同じ臭気成分でも濃度によってポジティブにもネガティブにもなりうることが分かります。また還元臭のあるワインでも、熟成が進むことで、飲み頃を迎えると還元の要素がポジティブなニュアンスとしてまとまることもあります。
