ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ / Domaine de la Romanee Conti(DRC)

Domaine de la Romanee Conti
神話の名を冠するブルゴーニュの頂点
ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティ(以下DRC)は、フランス・ブルゴーニュ地方のヴォーヌ=ロマネ村に拠点を置く、世界で最も名声と権威を誇るワイン生産者です。その名を冠するワイン「ロマネ=コンティ」は、しばしば「ブルゴーニュの至宝」と呼ばれ、世界中のワイン愛好家にとって究極の探求対象となっています。DRCのワインは、偉大なテロワールの個性を最大限に引き出す哲学に基づき、比類なき品質と神秘的な魅力を放ちます。限られた畑、限られた収量、そして徹底的な自然との調和のもとに生み出されるそのワインは、単なる飲み物ではなく、文化そのものの象徴といえるでしょう。
DRCの歴史は12世紀にまで遡ります。現在のロマネ=コンティやロマネ・サン=ヴィヴァンの畑は、かつてサン=ヴィヴァン修道院が所有していました。その後、フランス革命や王侯貴族の時代を経て所有者が次々と変わり、18世紀にはルイ15世の従兄弟であったコンティ公ルイ・フランソワがこの地を手に入れます。彼がこの畑のワインを自らの宴でしか供さなかったという逸話から、「ロマネ=コンティ」という名が誕生しました。20世紀に入ると、ワイン産業全体が戦争と経済危機に翻弄されるなか、DRCは1942年にド・ヴィレーヌ家とルロワ家の共同経営体制のもとで再出発します。この二つの名家が揃ったことで、近代的な管理と伝統の融合が進み、今日のドメーヌの哲学的基盤が形成されました。1974年には、オーベール・ド・ヴィレーヌとラルー・ビーズ・ルロワが共同ディレクターに就任。彼らのもとで、畑の整備と品質基準の刷新が行われ、DRCの黄金期が始まります。
特にこの時期、ブドウの品質管理は革命的に改善されました。選果台を導入し、不完全な果実を徹底的に排除。新樽の使用率を100%に引き上げ、ワインに複雑性と長期熟成能力をもたらしました。さらにルロワ夫人の強い信念により、畑はビオディナミ農法へと移行します。月や天体の動きに合わせた剪定や収穫、自然由来の調合剤を用いた土壌管理など、徹底した自然主義が採用され、化学肥料や除草剤は一切使われません。こうしてDRCの畑は、単なる生産の場ではなく、自然との対話の舞台へと変貌しました。現在のDRCは、ロマネ=コンティを筆頭に、ラ・ターシュ、リシュブール、ロマネ・サン=ヴィヴァン、グラン・エシェゾー、エシェゾー、そして白ワインのモンラッシェとコルトンなど、計8つの特級畑と1つのプルミエ・クリュを所有しています。いずれもブルゴーニュ最高峰の区画であり、それぞれのテロワールを“唯一無二の個性”としてワインに結晶させています。
テロワールの声に従う醸造
DRCの醸造哲学は一貫して「自然が語る声に耳を傾け、その個性を損なわないこと」です。ブドウは完全手摘みで収穫され、選果台で一粒ずつ確認されます。果梗の状態に応じて70〜100%を残し、自然酵母による発酵を行います。発酵槽は伝統的な木製の開放桶で、発酵中は果帽を手作業で沈めながら穏やかな抽出を進めます。マセラシオン(浸漬)はおよそ3週間前後で、ワインが自らの重力で澱を沈める自然な流れに委ねられます。
熟成は新樽100%で18〜22か月。アリエ産やトロンセ産のフレンチオークが使用され、DRC専用に焼き加減(トースト)を調整した樽が用いられます。瓶詰め前の濾過や清澄は行わず、無濾過のままワインが瓶に封じ込められます。この哲学的なまでの「非介入主義」は、ワインに濁りではなく“生命の息吹”を残すための選択です。結果として生まれるワインは、驚くほどの透明感と奥行きを兼ね備え、時の経過とともに静かに姿を変えていきます。
ロマネ=コンティは、畑面積わずか1.8ヘクタールという極小のモノポール(単独所有畑)から生まれます。バラやスミレ、熟したチェリー、紅茶、森の下草などが複雑に絡み合い、若いうちは閉じた印象を見せますが、熟成とともに無限の深みを帯び、シルクのようなタンニンと永遠に続くような余韻が現れます。まさに「ワインの神話」と呼ばれるにふさわしい存在です。ラ・ターシュもまたDRC単独所有の特級畑で、ロマネ=コンティよりも力強く、より男性的と形容されます。リコリス、クローヴ、森の湿り気、ブラックベリーの濃密な香りが層をなし、余韻にはスパイスとミネラルの緊張感が長く残ります。構造が明確で、数十年の熟成によって真価を発揮します。リシュブールは「豊かなブルゴーニュ」という名の通り、濃密で官能的なワインです。黒系果実、トリュフ、土の香りが渾然一体となり、タンニンは強靭ながら滑らか。グラン・エシェゾーはより深く、荘厳な味わいを見せ、エシェゾーは若いうちから開きやすく、華やかなアロマと柔らかい質感が特徴です。ロマネ・サン=ヴィヴァンは、DRCの中でも最も優雅で女性的なスタイルを持ちます。ラズベリーやバラの香り、紅茶やシナモンの繊細なニュアンスが漂い、透明感としなやかさが際立ちます。白ワインのモンラッシェは、黄金色の輝きを放ち、蜂蜜やヘーゼルナッツ、石灰のミネラルが重なり合う長命な逸品です。
いずれのワインも、若いうちはその真価を掴みきれないことが多く、熟成を経ることで初めて真の姿を現します。20年、30年、あるいは50年の時を経て花開くその香りと味わいは、ワインという飲み物を超えた「精神的体験」とすら形容されます。
DRCの年間生産量は非常に少なく、全銘柄合わせてもわずか6,000ケース前後。そのうちロマネ=コンティは年間450ケース程度しか造られません。販売はすべてアロケーション制で、長年の顧客や一部の正規インポーターに限定されています。これが希少性をさらに高め、オークション市場では1本数百万円から数千万円の値を付けることも珍しくありません。
しかし、DRCの価値は単に価格にあるのではなく、「完璧を追求する姿勢」そのものにあります。オーベール・ド・ヴィレーヌはこう語ります。「私たちはワインを“造る”のではない。テロワールが語る声を、静かに“翻訳する”のです。」その哲学こそが、DRCを他のどのワインとも一線を画す存在にしているのです。
ブルゴーニュの丘陵に広がる石灰岩の畑で、今も静かに樽が呼吸を続けています。その音なき時間の中で、また新しいヴィンテージが生まれようとしています。DRCのワインは、自然、歴史、哲学、そして人間の情熱が結晶した“永遠の芸術”です。グラスの中に注がれるその一滴は、ブルゴーニュという文明が数百年かけて紡いできた詩そのものなのです。