グラーヴ/Graves

Graves
ペサック・レオニャンは、ボルドー市街の南側から広がるグラーヴ地区の北部に位置し、1987年に独立AOCとして誕生しました。生産の歴史自体ははるかに古く、ボルドーのワイン文化の源流を現在形に結び直した地域といえます。赤・白の両方で世界的評価を受ける数少ないアペラシオンで、都市近接の「気品」とボルドー左岸らしい「芯の強さ」を同時に感じさせるのが魅力です。AOCの公式サイトが強調するように、ここは伝統と革新の緊張感が心地よく共存し、安定した品質と果実表現の美しさで知られています
他の左岸主要AOCと異なる個性は、赤白双方の完成度が高いことにあります。赤はカベルネ・ソーヴィニヨン主体で、メルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドを組み合わせ、黒系果実の凝縮感、均整の取れたタンニン、スパイスや杉のニュアンスを備えます。白はソーヴィニヨン・ブランとセミヨンが中心で、柑橘、白い花、ハーブの清涼感に、熟成で蜂蜜やナッツ、ワックスの複雑さが重なります。CIVB(Bordeaux.com)が提示するテイスティングの骨子は明快で、赤は5〜10年を目安にたおやかな飲み頃を迎え、白は若いうちの透明感と熟成後の多層性の両立を楽しめます。
テロワールは、名の由来でもある「グラーヴ=砂利」の存在感が決定的です。水はけの良い砂利層は日中の熱を蓄え、夜間に放出することで果実の成熟を助けます。区画ごとに砂・粘土・石灰のポケットがモザイク状に入り組み、カベルネの直線的な骨格と、メルローがもたらす丸みをブレンドで織り合わせる設計自由度が生まれます。土壌プロフィールはCIVBの白ワイン解説にも具体的に示され、砂利や砂岩、粘土が層を成すことで香味の陰影を支えると説明されています。
この土地の赤にしばしば現れる「スモーキー」「グリル」「シダー」といった香りは、スタイルの記憶装置のように働きます。、赤・白ともにミネラルの輪郭とスモークのニュアンスが出やすく、近年の上位銘柄の試飲記でも燻香やシガーボックスの語彙が頻出します。果実の純度と香りの陰影が層をなして、若いうちは輪郭がくっきり、熟成で一体化していく推移が魅力です。
格付けの文脈では、ペサック・レオニャンの“中枢性”が際立ちます。1953年に始まり1959年に改訂された「グラーヴ格付け」の16シャトーは、現在いずれもペサック・レオニャンに属しています。CIVBの公式まとめは、赤のみ、白のみ、赤白両方で格付けされた内訳を明示し、グラーヴ格付け=ペサック・レオニャンの名門という構図を示しています。さらに特筆すべきは、シャトー・オー・ブリオンが1855年メドック格付けの第一級でありながらグラーヴ格付けにも名を連ねる唯一の存在である点で、地域の象徴性を物語ります。
このアペラシオンのもう一つの顔は「都市と葡萄畑が地続き」であることです。ボルドー都市圏のなかに畑が根を張る景観と、持続可能性への取り組みを詳しく描写します。生産面積は1970年代の約500ヘクタールから今日では約1,880ヘクタールへ拡大し、都市化の圧力下でも品質とアイデンティティを守り抜いてきたこと、白の比率の高さや環境適応の工夫(例:ラリヴェ・オー=ブリオンのポプラ系の植栽)など、現代的なダイナミズムが伝わってきます。
赤はブラックカラントやブラックベリーに、グラファイトや杉、シガーボックス、ミントのアクセントが重なり、タンニンは細かく粒立ちして長い余韻を伴います。白はソーヴィニヨン由来の柑橘、白桃、アカシアや金木犀の花香、セミヨンがもたらすオイリーなふくらみが骨格に厚みを加え、若いうちのきらめきと、熟成の蜂蜜・ナッツ・ビーワックス様のニュアンスが美しくつながります。地域公式の官能指標とCIVBのアロマ記述が示す“清涼と奥行きの併存”は、ペアリングの幅広さ(仔羊、家禽、ハーブを効かせた皿、甲殻類や白身魚のグリル)にも直結します。
生産者の層の厚みも魅力です。オー・ブリオン、ラ・ミッション・オー・ブリオン、オー・バイィ、スミス・オー・ラフィット、カルボニュー、ドメーヌ・ド・シュヴァリエ……いずれも赤白のどちらか、あるいは両輪で突出した成果を挙げており、若い段階でのテクスチャーの滑らかさと、長期熟成での伸びしろの二面性は、上位キュヴェに限らずセカンドワインにも波及しつつあります。
トップ・キュヴェの相場は確かに高額ですが、メドック一級の頂点群と比べると相対的に手が届く余地があり、価格対品質のバランスの良さが光ります。白も同様で、カルボニューやシュヴァリエの上位は熟成型辛口白の“教科書”でありながら、探せば適正価格帯で手に入るレンジが残っています。第一級を抱えつつも近隣の超有名AOCほど国際的に知られてはおらず、その秘められた優れたポテンシャルは一部の愛好家にのみ理解されているでしょう。供給過多や市場変動の局面でも“手堅さ”を発揮するという評価は、プロの仕入現場でも共有される実感です。
 
 
 
 
 
                         
                        