ポムロール/Pomerol

ポムロール-Wine Library

Pomerol

ボルドー右岸の世界的銘醸地

 ポムロール(Pomerol)は、フランス・ボルドー右岸(ドルドーニュ川の東側)、リブルネ(Libournais)地方に位置する小面積ながら世界的に名高いワイン産地であり、特に赤ワインで知られています。以下に、可能な限り信頼できる資料をもとに、歴史・地理・気候・土壌・ぶどう品種・醸造・スタイル・格付け制度・課題と位置づけを一体的に説明します。

 ポムロールの歴史は古く、ローマ時代まで遡るとする伝承もあります。ただし明確な記録は中世以降に見られ、中世には修道院や騎士団などの施設がこの地域に設けられていたという記録があります。例えば、ポムロールには「聖ヨハネ騎士団(Knights Hospitallers)」の関係が伝えられており、巡礼者宿所が設けられたという話も散見されます。中世・近世を通じてポムロール地方では混作農業が行われ、果物(“pomme”(リンゴ)など)栽培が盛んであったとされ、その語源が “pomme” に由来するという説もあります。

 しかし、ワインとしての認知は比較的遅く、ポムロールが公式にワイン地域として認められたのは20世紀に入ってからです。1923年に行政上ワイン産地として認識され、1936年に Appellation d’Origine Contrôlée(AOC)制度による正式認定を得ました。この AOC 認定以降、ポムロールは急速に品質向上を遂げ、国際市場で高い評価を得るようになりました。

 面積的には非常に小規模で、ブドウ畑面積はおよそ 800 ヘクタール前後(2000年代半ば時点)とされ、ボルドー右岸主要産地の中でも最小クラスに位置します。 区画あたりの所有規模も小さく、数ヘクタールしか持たないドメーヌが多く、複数所有・分割所有という形態が一般的です。また、ポムロールには典型的な「村中心部」が存在せず、ワイナリーや畑が点在しており、教会などを除けば明瞭な中心集落というよりはぶどう畑が広がる農村風景が主体となります。

 土壌構成がポムロールの個性を決定づける要因の一つとされています。一般的には、粘土・砂・礫(小石)などが混在する複雑な地質構造が見られ、地域内での土壌変異が大きいと言われます。特に、ポムロールの中でも最も著名な区画にある「青粘土(ブルークレイ、blue clay)」と鉄分を含む砂質層(crasse de fer または machefer と呼ばれる鉄分含有砂層)が、「味わいに濃密さと複雑さをもたらす要因」として議論・称賛されてきました。この「boutonnière(ブタンニエール、釦穴状の小区画)」が特に注目され、シャトー・ペトリュス(Château Pétrus)などの有名ワイナリーがその土壌を部分的に含んでいるとされます。 また、土地が緩やかに傾斜し、排水性を確保できる斜面区画や立地高所区画が品質上位区画と見なされることもあります。

 気候はボルドー全体と同じく大西洋性気候が基調ですが、ポムロールは海や河川から多少距離がある位置にあるため、比較的昼夜温度差が大きく、内陸性の性質も帯びるとされます。発芽期の晩霜、開花期の降雨、成熟期の降雨リスクなどがワイン品質に影響を及ぼす要因となり得ます。 高温年にはぶどうが過熟になったりアルコール度数が高まりすぎたりするリスクがある一方で、涼しい年には十分な成熟が得られにくいこともあります。

ブドウ品種構成では、圧倒的多数が メルロ(Merlot) であり、次いで カベルネ・フラン(Cabernet Franc、地元では “Bouchet” と呼ばれることもあります) が補助的に使われます。極めて稀に カベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon)マルベック(Malbec、地元呼称 “Pressac”) が使われることもありますが、これは限定的です。メルロは早熟性があり、比較的冷涼な気候でも成熟しやすいため、ポムロール地域で主役となっています。ワインの配合比率としては、メルロが 70~90%あるいはより高率を占めることが多く、カベルネ・フランが残余部分を補完する配置が典型です。

 ポムロールのワインスタイルの特徴として、比較的柔らかく豊潤で、果実味が厚く滑らか、タンニンが丸くなりやすい傾向があります。古くない熟成前段階でも比較的飲みやすい性格を持つものが多いとされます。赤系・黒系果実(プラム、ブラックチェリー、カシスなど)香が主体となり、熟成が進むとトリュフ、タバコ、土、ココア、スパイス、森の下草、革などの複雑な香りを獲得することがあります。 ワイン評論家の記述では、ポムロールの味わいは「ベルベットのような(velvety)」「口当たりがなめらか」「凝縮感」「うっとりするような果実味」などと形容されることが多く、サンテミリオンに比べてややタンニンは穏やかで飲みやすさを備えるという比較論も存在します。

 興味深い点として、ポムロールには公式の格付け制度が存在しません。他のボルドーやサンテミリオンのように格付けが制度化されておらず、生産者は格付けに束縛されない自由度を持っています。 ただし、ワイン愛好家・評論家・専門家の間では非公式な「格付け」「序列付け」が長年にわたり語られており、シャトー・ペトリュス(Château Pétrus)がその頂点と見なされることがほぼ共通認識になっています。その他、シャトー・ル・パン(Le Pin)、シャトー・ラ・コンセイヤン(La Conseillante)、ヴュー・シャトー・セルタン(Vieux Château Certan)、シャトー・トロタノワ(Trotanoy)といった著名ドメーヌが高評価を得ています。

 ポムロールは非常に高額なワインが存在する銘醸地です。特にペトリュスは世界でも最も著名で、オークションやプライベート市場では非常に高値で取引されることがあります。 小規模な面積と希少性、品質評判が価格を押し上げています。