Marguet / マルゲ

Marguet
自然と宇宙のリズムを映すアンボネイの静寂
モンターニュ・ド・ランスの南部、グラン・クリュ格付けの村アンボネイ(Ambonnay)に本拠を構えるシャンパーニュ・マルゲ(Champagne Marguet)は、ビオディナミと自然農法の理念を徹底しながら、テロワールと人間の精神の調和を追求するグロワー・シャンパーニュの旗手です。今日の自然派シャンパーニュの流れを象徴する造り手の一人であり、その作品は香り、テクスチャー、そして土地の響きまでもが一体となる詩的な美しさを宿しています。
マルゲ家の歴史は1850年代にまで遡ります。アンボネイ村に根を下ろした初代エミール・マルゲは、当時としては革新的だった栽培技術を導入し、品質向上に尽力しました。第二次世界大戦後、彼の子孫たちはブドウ栽培を中心とした家族経営を続け、やがてシャンパーニュ生産者としての独立を果たします。現在の当主であるブノワ・マルゲ(Benoît Marguet)は、2005年にドメーヌの運営を引き継ぐと同時に、従来の化学的農法を全面的に改め、自然環境と調和する新たな方向へ舵を切りました。彼は“土壌を蘇らせる”という信念のもと、馬耕、植物由来の調合剤、そして月や惑星の動きに基づく作業暦を用いた栽培を導入し、土地そのものが語るエネルギーをワインに表現しています。
現在マルゲが所有する畑はおよそ8.5ヘクタール、さらにアンボネイ近郊のブジィ(Bouzy)に約1.5ヘクタールを借り受けています。これらの区画の多くがグラン・クリュに格付けされ、すべてが有機またはビオディナミで栽培されています。土壌はチョーク質が主体で、細かく砕けた石灰が地中深くまで広がり、果実に緊張感のある酸と塩味のミネラルを与えます。
ビオディナミの新時代を牽引する大人気生産者
マルゲの哲学の根幹には、「自然に寄り添うことで、ワインはより真実に近づく」という確信があります。彼は農薬・除草剤・化学肥料を完全に排し、馬を使って土を耕します。この馬耕は単なる伝統回帰ではなく、土壌中の微生物環境を活性化させ、根の呼吸を促す手段として不可欠なものです。また、各区画では草花を意図的に植え、昆虫や菌類が共存する生態系を構築しています。ブノワは「ワイン造りは宇宙のリズムと共にある」と語ります。瓶詰め、デゴルジュマン、さらには清澄・澱引きまでも、月の位相に合わせて行うという徹底ぶりです。その姿勢は、ビオディナミ農法の先駆者ニコラ・ジョリーやルドルフ・シュタイナーの思想と共鳴するものであり、単なる栽培手法を超えて「生命の循環」そのものを醸造哲学としています。
マルゲの象徴的シリーズである「シャマン(Shaman)」は、自然との調和をテーマに掲げたキュヴェです。例えば Shaman 21 Grand Cru Brut Nature は、アンボネイとブージィのピノ・ノワールとシャルドネを主体にブレンドし、ドサージュを施さず、無濾過で瓶詰めされます。香りは白い花、レモンピール、蜂蜜、微かなトースト香が交錯し、口中ではしなやかな泡が伸びやかに広がります。
また、単一区画シリーズとして造られる Les Crayères(レ・クレール) や Le Parc(ル・パルク) は、よりテロワールの差異を鮮明に表現する作品であり、年によっては熟成を経た後にのみリリースされます。ロゼ・シャンパーニュにも卓越した完成度を見せるのがマルゲの特徴です。Shaman Rosé はピノ・ノワールのマセラシオン(果皮浸漬)によって自然な色調を生み出し、香りは赤い果実と花のアロマが重なり、繊細で儚い美しさを湛えます。いずれのキュヴェもアルコール添加・清澄・酸調整といった人工的介入を一切排除し、自然なバランスのままボトル詰めされます。