シャトー・ムートン・ロートシルト / Château Mouton Rothschild

シャトー・ムートン・ロートシルト-Wine Library

Château Mouton Rothschild

芸術とワインの融合を体現する伝統あるボルドー第一級

 ボルドーのメドック地区、ポイヤック村の中心にそびえる**シャトー・ムートン・ロートシルト(Château Mouton Rothschild) は、世界のワイン史において特別な地位を占める存在です。1855年の格付け制度では当初「第二級」に分類されましたが、1973年に唯一「第一級(Premier Cru Classé)」へと昇格を果たしました。この歴史的な格付け変更は、ムートンのワインがいかに卓越した品質と独自性を備えているかを証明する象徴的な出来事です。今日では、ラフィット・ロートシルト、ラトゥール、マルゴー、オー・ブリオンと並び、**五大シャトー(First Growths)**の一角として、ボルドーの頂点に立ち続けています。

 シャトー・ムートン・ロートシルトの起源は、1853年に遡ります。ロンドン出身の銀行家一族であるロートシルト家の一員、ナタニエル・ド・ロートシルト男爵(Baron Nathaniel de Rothschild)がポイヤックの「シャトー・ブラン=ムートン」を購入し、自らの名を冠して改称したのが始まりです。1855年の万国博覧会に際し、ボルドー商工会議所が制定した格付けでは第二級に位置づけられましたが、この決定に満足しなかったロートシルト家は品質向上への不断の努力を続けました。その後、フィリップ・ド・ロートシルト男爵(Baron Philippe de Rothschild)の指導のもと、ムートンは近代的ワイン醸造の先駆者となります。1924年にはボルドーで初めて**自社で瓶詰め(mise en bouteille au château)**を実施し、ブランディングと品質管理の新時代を切り開きました。この改革は当時のボルドーでは革命的な出来事であり、ムートンの名を一気に広めました。そして1973年、フィリップ男爵の粘り強い交渉と政府への働きかけの末、ムートンは格付け制度の唯一の例外として「第一級」への昇格を正式に認められます。その際に掲げられた言葉――

“Premier je suis, Second je fus, Mouton ne change.”
(我は第一級なり、かつて第二級であった、されどムートンは変わらず)
――は、今もなおこのシャトーの象徴的モットーとして受け継がれています。

ポイヤックのテロワールの神髄

 シャトー・ムートン・ロートシルトの畑は、ポイヤック村北部に広がるおよそ90ヘクタールの敷地にあり、すべてがグラン・クリュ(第一級畑)に格付けされています。砂利を主体とした土壌は水はけが良く、ブドウの根が深く張ることで、凝縮した果実味としなやかなタンニンを育みます。栽培されるブドウの割合は、カベルネ・ソーヴィニヨン約80%、メルロ約15%、カベルネ・フランおよびプティ・ヴェルドが残りを占めます。樹齢は平均で40年以上。栽培は区画単位で厳密に管理され、収穫はすべて手摘みで行われます。近年では有機農法やビオロジック栽培の導入も進み、環境とテロワールの調和を重視する方向にシフトしています。この恵まれた土地の中心には、「ランクロ(L’Enclos)」と呼ばれる特別区画が存在します。ここで育つブドウは、ムートンのワインに特有のミネラル感と深みをもたらす鍵となっています。

 ムートンの醸造は、職人技と科学の融合といえるものです。ブドウは区画ごとに発酵され、発酵槽にはステンレスと伝統的な木製タンクの双方が使用されます。自然酵母による発酵が行われ、マロラクティック発酵を経た後、新樽100%で平均20か月間熟成します。使用される樽は、ムートン専属の樽職人によって自社で製造されるフレンチオーク樽であり、ワインに繊細なヴァニラ香と複雑なスモーキーノートを与えます。この厳密な熟成管理により、ワインは圧倒的なバランスと長期熟成力を獲得します。セカンドワイン「ル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルト(Le Petit Mouton de Mouton Rothschild)」は、若木のブドウから造られますが、その品質は他シャトーのグラン・ヴァンにも匹敵する完成度を誇ります。また、白ワインの「エール・ダルジャン(Aile d’Argent)」も高い評価を受けており、ムートンが単なる赤ワインの象徴ではないことを示しています。

芸術とラベルの物語

 ムートンを象徴するもう一つの側面が、アートラベルの伝統です。1945年から毎年、著名な画家や彫刻家がその年のラベルデザインを手掛けています。ピカソ、ダリ、シャガール、ウォーホル、ミロなど、20世紀を代表する巨匠たちがこのプロジェクトに参加しており、「アートとワインの融合」を体現しています。

 この取り組みは、ワインを芸術作品として位置づけるムートンの哲学そのものであり、単なるデザインではなく“ヴィンテージの物語”を描く表現の場とされています。ラベルアートのコレクションは世界各地で展示され、文化遺産としても高く評価されています。

 

代表的なキュヴェ

1978 シャトー・ムートン・ロートシルト