ユベール・ブロシャール/Hubert Brochard

Hubert Brochard
豊かなモザイクを映すサンセール
ロワール地方、サンセール(Sancerre)という呼び声は、白ワイン愛好家にとって常に特別な響きを持ちます。その地において「ひとつのサンセールではない」ことを信条に掲げ、土地の個性を尊重してワインづくりを進めるドメーヌが ユベール・ブロシャール(Domaine Hubert Brochard) です。1900年、オルターヌ・ブルシャール夫妻(Aimée and Hubert Brochard)によって設立されたこの家族経営ドメーヌは、代々サンセール地区に根を張り、今日ではその畑構成・醸造方針ともにフレキシブルかつ卓越した実践を示す存在となっています。
長年にわたり、ブロシャール家は周辺コミューン(村落)に点在する多数の区画を取得・管理しつつ、それぞれのテロワールの声をワインに刻むことを志向してきました。2022年には名門のメゾン、ボランジェ(Bollinger)グループがドメーヌに参画したことをもって、「新たな章」が始まったとも言われています。
1900年、農業と酪農を営みながらブドウ栽培を始めたオルターヌとユベール・ブロシャール夫妻は、サンセールの地で丁寧な手仕事を重ね、家業としてのワイン生産を築いていきました。その後、子息のアンリ(Henri)と夫人テレーズ(Thérèse)が後を継ぎ、さらに子弟のダニエル、ジャン=フランソワ、ブノワといった世代によって畑の拡張、流通展開、品質の向上が継続されました。2022年、ボランジェ・グループが参画を果たすことで、ブロシャール家の伝統と資本・ネットワークが融合する新たな枠組みが生まれました。ドメーヌの理念や区画表現への敬意は継続されつつも、新しい醸造技術導入や国際展開などにおいて拡張性を持たせる動きが見られます。
現在、ドメーヌの運営はブルシャール家直系と外部技術者(例:醸造責任者)らが協働する体制となっており、ドメーヌ公式サイトでは、2015年以降は各区画の個性を尊重すべく、ワインを「区画別(parcel)」「テロワール表現」中心に構成してゆく方針を明示しています。
こうした歴史と変化は、ワイン愛好家にとっても変遷/伝統という緊張感を伴う魅力を孕みます。
サンセールのテロワール
ドメーヌ・ブルシャールは、サンセールおよび近隣地域に複数の区画を所有しています。公式発表によれば、総所有面積は約 89ヘクタール で、そのうちサンセールにおよそ 83 ha(うちピノ・ノワール約 10 ha)を含むとされています。また、プイィ=フュメ(Pouilly-Fumé)、IGP(インデペンデント地区区画)にも一部拡張をしており、畑の断片性が高い構成が特徴です。
畑は、サンセールおよびその周辺村(Chavignol, Sancerre, Amigny, Sainte-Gemme, Ménétréol, Saint-Satur, Thauvenay, Vinon など)に点在し、それぞれ異なる土壌組成や斜面・向きをもちます。これにより“ひとつのサンセール”ではなく“複数の表現”を可能とするポートフォリオを構成しています。ブルシャール家が最も強調するのは、サンセール地区で特徴的な三大土壌(チョーク(chalk)、カイオット(caillotes、小石混じり石灰質)、燐灰岩・火打ち石(flint / silex))のバリエーションであり、それぞれがワインに異なる香味・構造を与えるとの信念です。また、区画ごとに降水・排水性、日照条件、斜面勾配、標高、土層の深さと岩質割合が異なり、それがワインのミクロな個性として反映され得るという構造を意識しています。
ブルシャールは環境配慮型農法を採用しており、HVE(Haute Valeur Environnementale=高環境価値認証)を取得しています。 ブルシャール公式サイトにおいても、ドメーヌは 「Our Ecosystem / Our Values(我々の生態系/価値観)」をテーマに掲げ、地力保全、水管理、生態系保全といった観点を重視していることがうかがわれます。また、年次に応じて適切な剪定、収量制御、棚仕立てや覆葉管理、除草管理、病害防除の最小化といった施策が採られている可能性が高く、区画別ワイン製造に対応する運用体制が敷かれています。
ブルシャール家のワイン造りにおける理念のひとつは、「各区画の個性を失わずに引き出す」ことです。そのため、ブドウは区画ごとに別々に仕込まれ、発酵条件や熟成方式を区画・ヴィンテージに応じて変化させる柔軟性を持たせています。
白(ソーヴィニヨン・ブラン主体)は温度管理されたタンクで発酵を行い、プレスは重力圧や空気圧式プレスを使うことで過度な圧搾を避けるスタンスをとっています(公式には「gravity pressing without destemming(除梗なしでの重力プレス)」とされています)。さらに、熟成にはステンレスタンク、オーク樽、コンクリート槽、アンフォラ(壺)など多様な容器を用途や区画特性に応じて選ぶ手法を導入しており、テロワールの表現を多面的に捉えようとしています。また、澱(おり)と一緒に4か月ほど熟成を行う「レ・リエ(lees)と接触させる」手法を取り入れ、香味の構成に複雑さを加える努力も見られます。
ブルシャールは、白ワイン主体のサンセールだけでなく、ロゼ、赤(ピノ・ノワール主体)も手掛けています。たとえば、2019年ヴィンテージのサンセール・ルージュは、全房除梗後、軽めの冷浸漬(コールド・マセラシオン)を経て発酵を行い、その後1年を使用済みオーク樽で熟成するというスタイルが報じられています。こうした商品展開により、サンセールの白ワインの枠を超えて複数の表現を顧客に提示できる幅を得ています。
代表的なキュヴェ
2023 サンセール シャトー・ド・フォンテーヌ オードン テロワール シレックス

