ジュール・メトラ / Jules Metras

Jules Métras
ボジョレーの新世代の旗手
ボジョレーの自然派ワインを語るとき、必ずその名が挙がるのがフルーリーのイヴォン・メトラである。その息子として生まれ育ったジュール・メトラは、父の背中を見ながら葡萄畑で遊び、葡萄の香りや収穫のリズムを幼少期から体に刻み込んできた。やがてボーヌの醸造学校で理論を学び、アルデッシュやジュラといったフランス国内に加え、ニュージーランドやチリ、アルゼンチンなど海外でも収穫・醸造を経験することで、国際的な感覚を身につけた。2014年、自らの名で初めてのワインをリリースし、その後わずか数年で「新しい黄金世代の旗手」と呼ばれる存在となる。
彼が拠点とするのはフルーリーの北方、標高の高いヴォックスルナールの丘陵。ここには樹齢80年を超える古木が多く残され、しなやかさと深みを備えた果実が育つ。代表的なキュヴェ「ビジュー(Bijou)」は、ヴォックスルナールの古木に加え、ランシエやラ・シャペル=ド=ガンシェの区画をブレンドする。その一部は、ナチュラルワインの祖と称されるジュール・ショーヴェがかつて所有していた畑であり、歴史的な意味合いも大きい。一方、「シルーブル・ラ・モンターニュ(Chiroubles La Montagne)」は標高450〜500mに位置する単一区画で、冷涼な空気と花崗岩質土壌がもたらす緊張感あふれる味わいを表現する。
栽培においては父譲りの自然派哲学をさらに徹底し、化学肥料や除草剤を一切用いない。畑はビオディナミの考え方に基づき、土壌の生命力とバランスを尊重。急斜面ではケーブル牽引のプラウを用いて耕し、重機による土壌の圧密を避けている。収穫は遅摘みで、果実の完熟を待つことを基本とする。こうして収穫された葡萄は、全房のままコンクリート槽に入れられ、ゆっくりとマセラシオン・カルボニック(炭酸ガス浸漬法)が進む。発酵は天然酵母のみに委ねられ、補糖や補酸は行わず、二酸化硫黄も添加しない。場合によっては発酵が始まるまで一週間以上かかることもあるが、それこそが彼の信条である「人為的介入を最小限に」という姿勢を体現している。
熟成はニュートラルな古樽やタンクで穏やかに行われ、瓶詰めは無清澄・無濾過で仕上げられる。こうして生まれるワインは、驚くほどのピュアさと透明感を湛えながら、凝縮感と緻密な構造を兼ね備えている。若いうちからフレッシュな果実の魅力を楽しめる一方で、長期熟成によってさらに複雑性を増すポテンシャルを秘めているのも大きな特徴だ。「ビジュー」は赤い果実の純粋さに古木由来の厚みが重なり、「ラ・モンターニュ」は芍薬や白胡椒のニュアンス、きめ細やかなタンニン、冷涼なミネラル感が際立つ。
生産量はごく限られており、フランス国内はもちろん、イギリスやアメリカ、日本など輸出先でも入荷すればすぐに完売することが多い。価格はシルーブルでも40ドル前後と比較的手の届く水準ながら、その希少性と品質の高さからコレクターズアイテムの様相を呈している。ナチュラルワインの隆盛とともに国際的な注目度は高まり続け、評論家からも「父の哲学を継ぎつつ独自の気品を打ち出す造り手」と評されている。
ジュール・メトラのワインは、単なる「父の跡継ぎ」という枠に収まらない。イヴォン・メトラ譲りの自由な精神を出発点に、古木の力強さ、高標高テロワールの緊張感、そして国際経験による柔軟な感覚を融合させた彼のスタイルは、ボジョレーに新たな可能性を示している。ひと口含めば、果実の鮮やかさの奥からミネラルの骨格が立ち上がり、余韻には静謐でありながら確かな強さが感じられる。その味わいは、ナチュラルワインの枠を超え、テロワールと人の営みが響き合う「生きたワイン」として記憶に残るだろう。
代表的なキュヴェ
