ジャック・セロス / Jacques Selosse

Jacques Selosse
シャンパーニュの革命児とその遺産
シャンパーニュという世界的に名声ある産地において、ひときわ異彩を放ち続けてきたのがジャック・セロスです。コート・デ・ブランの中心地アヴィズに本拠を置き、わずか八ヘクタール余りの畑から生み出されるワインは、今や世界中の愛好家が熱望する入手困難な銘柄となりました。大量生産や均質化の流れが主流であった時代に、畑の個性と土地の声を最大限に表現することを信条とし、栽培から醸造に至るまで徹底した個性を貫いたセロスのシャンパーニュは、他のどれとも異なる強烈な存在感を放ちます。
その起源は1947年にアヴィズに根を下ろした創始者ジャック・セロスに始まります。当初は収穫したブドウを大手メゾンに売却していましたが、1959年から自家瓶詰めを開始し、1960年代には徐々に小規模ながら独自のスタイルを模索していきました。しかし真の転機となったのは、1980年に息子アンセルム・セロスが父からドメーヌを継承したことです。ブルゴーニュでの研鑽を経たアンセルムは、コート・ドールの造り手たちから深い影響を受け、シャンパーニュに新たな哲学を持ち込みました。それは、徹底した畑仕事と低収量を通じてブドウを完熟させ、樽を用いた発酵と熟成によってテロワールの声を立体的に描き出すというものでした。当時のシャンパーニュではステンレスタンクでの大量醸造が常識であり、彼の手法は異端と見なされましたが、やがてその独自性と品質が認められ、シャンパーニュに革命を起こした造り手として世界的に知られるようになります。セロスの所有畑は現在約八・三ヘクタール、五十以上の小区画に分かれており、その多くはアヴィズ、クラマン、オジェ、ル・メニルといったグラン・クリュに位置しています。ブドウの大部分はシャルドネですが、アイやアンボネイ、マルユイユといったモンターニュ・ド・ランスにピノ・ノワールも所有しています。平均樹齢は五十五年を超え、なかには一九二〇年代に植えられた古樹も残されています。これらの畑は化学肥料や除草剤に頼らず、自然と共生する農法で丁寧に管理されており、表土を耕して通気性を確保し、収量を厳しく制限することで果実の凝縮度を高めています。
醸造においても独自の哲学が貫かれています。発酵と熟成には小樽やデミミュイッドを多用し、区画ごとの個性を損なわないように細心の注意が払われます。マロラクティック発酵の有無は年や区画の性質に応じて判断され、決して一律ではありません。樽熟成の間、澱とともにじっくりとワインを寝かせ、酸化還元のバランスをとることで、厚みと複雑さを備えながらも繊細な表情を持つシャンパーニュへと仕上げられます。ドザージュは極限まで抑えられており、ブドウそのものと土地のミネラル感がダイレクトに表現されます。
圧倒的なスケールを誇る宝石のようなシャンパーニュ
その味わいの特徴を言葉にするなら、圧倒的な存在感と繊細さの両立といえるでしょう。アロマは柑橘や白い花から始まり、時間の経過とともに蜂蜜やヘーゼルナッツ、焼きたてのブリオッシュやドライフルーツへと変化し、グラスの中で刻一刻と表情を変えます。口に含むと緊張感のある酸が骨格を支え、豊潤な果実味と熟成由来の旨味が重層的に広がり、余韻には塩味を思わせるミネラルが長く続きます。近年はアンセルムの息子ギヨーム・セロスが加わり、新たな世代へと受け継がれています。父の革新を尊重しつつも、自らの感性を反映させるべく挑戦を続けており、ドメーヌは今後さらに進化していくことでしょう。とはいえ、ジャック・セロスのシャンパーニュが築き上げた唯一無二の個性は確実に継承されています。徹底した畑仕事、樽を駆使した緻密な醸造、そして土地の声をありのままに表現する姿勢が、このメゾンをシャンパーニュにおける孤高の存在へと押し上げています。
希少性の高さから市場に出回る数は限られ、リリース直後に完売することもしばしばです。若いうちの緊張感に富んだ果実味を楽しむもよし、長期熟成によってナッツや蜂蜜のニュアンスが幾重にも広がる姿を堪能するもよし。そのどちらもが、他のシャンパーニュでは決して味わえない体験となるでしょう。
代表的なキュヴェ
