シャトー・ピション・ラランド / Ch. Pichon Lalande

シャトー・ピション・ラランド - Wine Library

Château Pichon Lalande

女性たちが守ってきたポイヤックの至宝——1850年の相続が生んだ「コンテス・ド・ラランド」の官能的なエレガンスと、ルイ・ロデレールによる新たな章

シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド(通称:シャトー・ピション・ラランド)は、ボルドーポイヤックアペラシオン南部、シャトー・ラトゥールに隣接するジロンド河口沿いに位置する1855年格付け第二級のシャトーです。エステートの起源は17世紀末、シャトー・マルゴーなど数多くの一流シャトーの礎を築いたピエール・ド・マズール・ド・ローザンが所有した80ヘクタールの土地に遡ります。18世紀にはテレーズ・ド・ローザン、ジェルメーヌ・ド・ロージュス、マリー・ブランダ・ド・テレフォールという三人の女性が相次いでエステートを率いました。1850年、ジョゼフ・ド・ピション・ロングヴィル男爵の死去に際し、エステートは二分割されました。男性相続人がシャトー・ピション・ロングヴィル・バロンを、三人の娘たちが現在のシャトー・ピション・ラランドを相続。その後、娘たちの所有分をヴィルジニー・ド・ピション・ロングヴィル(コンテス・ド・ラランド伯爵夫人)が管理するようになり、シャトー名に伯爵夫人の称号が刻まれることとなりました。1850年に彼女はボルドーのラランド館にならった邸宅の建設をデュフォ建築家に委嘱し、今日に至るシャトーの外観を整えました。

1925年にミアイユ兄弟がシャトーを取得し、現在のメルローの高い比率の植栽を主導。1978年にエドゥアール・ミアイユの娘メ=エリアーヌ・ド・ランクザンが相続し、以後30年近くにわたって類まれな情熱でシャトーを率いました。彼女はスーパー・セカンドへの躍進を主導した立役者として知られています。2007年にシャンパーニュ・ルイ・ロデレールがシャトーを取得し、現在はロゾー家が経営を率いています。醸造責任者ニコラ・グリュミノーのもと、「香り高く、エレガントで、しなやかなカベルネ=メルロー・ポイヤック」という哲学が貫かれています。

「ポイヤックのベルベットの手袋」——カシスと鉛筆の芯、メルロー由来の官能的な質感が定義する、スーパー・セカンドの真骨頂

畑は約100ヘクタール・65区画に分かれ、カベルネ・ソーヴィニヨン約61%、メルロー約32%、カベルネ・フラン約4%、プティ・ヴェルドー約3%が植えられています。平均樹齢約40年で一部は樹齢90年超という古樹も存在します。ポイヤックのシャトーとしては異例に高いメルローの比率が、同じポイヤックの第一級シャトー・ラトゥールとは対照的な「官能的で女性的」なスタイルを生む源泉です。カシス、鉛筆の芯の削り屑、タバコの葉、湿った大地のアロマに極めて細かいタンニンが重なる複雑な風味は「ポイヤックのベルベットの手袋」と称され、再格付けがあれば第一級への昇格候補と目される「スーパー・セカンド」の代表格です。セカンドワイン「レゼルヴ・ド・ラ・コンテス」も第二のフラッグシップとして高い評価を受けており、ピション・ラランドの哲学を手の届きやすい価格帯で体験できる入口として世界中で愛飲されています。