ピエール・ヴァンサン / Pierre Vincent

ピエール・ヴァンサン - Wine Library

Pierre Vincent

ルフレーヴの元責任者が醸す「オートクチュール」

 ピエール・ヴァンサンという名前はブルゴーニュ愛好家にとってはすでによく知られた名前でしょう。2006〜16年まではヴージュレに務め、2017〜24年までルフレーヴで責任者を担うなかで、モンラッシェやミュジニーといったブルゴーニュの最上のキュヴェを数多く手がけました。こうした経験からヴァンサンはブルゴーニュの伝統的なテロワールを深く理解するとともに、ビオディナミ農法をはじめとする現代の最新の醸造技術を学びました。ロンドンで開催された世界の最も優秀な赤ワイン生産者に贈られるアワードに2010年と2014年の二度選出されるなど、世界的にも高い名声を得た醸造家の一人です。

 そして彼自身の名前を冠した待望の「ドメーヌ・ピエール・ヴァンサン」を設立し、新たな挑戦を始めようとしています。所有する畑は7h、約20アペラシオン、年間生産量はおよそ3万本程度です。決して大規模ではありませんが、大量生産とは無縁の畑から醸造まで丁寧に向き合う細やかな姿勢は、ピエール・ヴァンサンが培ってきた経験の結晶といえるでしょう。彼自身がドメーヌの設立を「夢の実現」であると語るように、ブドウが持つポテンシャルとテロワールの個性を尊重し、人の介入を最低限に留めつつも、全てのディティールまで細やかな手入れを怠らない、まさに「オートクチュール」としてのワイン作りを行なっています。

樹齢50年を超える古樹とテロワールの表現力

 所有する畑の中には1929年植樹の葡萄を含む、樹齢50年以上の古樹を有する区画が多く存在します。これらピエール・ヴァンサンが所有する区画は、リヨンに拠点を置くソレクシア・グループがオーセイ・デュレスの「ドメーヌ・デ・テール・ド・ヴェル」を買収し、ヴァンサンが自身のドメーヌとして引き継いだものです。現時点(2025年8月)での主な保有畑は、コルトン・シャルルマーニュ、シャサーニュ・モンラッシェ1er Cru レ・ショーメ、ピュリニー・モンラッシェ 1er Cru ル・レフェール、ムルソー 1er Cru レ・シャルム、ヴォルネイ 1er Cru ル・ロンスレなど白ワインが中心です。それら古樹を含む希少な畑の個性を活かすため、1キュヴェあたりの生産量を900本程度に抑えられた区画も珍しくありません。またルロワシャトー・オー・ブリオンの指導も手がける、イタリアのブドウ剪定のスペシャリストであるマルコ・シモニットとピエパウロ・シルチに師事し、コルドン・ド・ロワイヤ方式によってブドウの選定を行なっています。それによって、ブドウ古樹の健康的な生育と生産量の確保のバランスを保っています。こうした古樹の存在は、気候変動の影響を受けにくい安定した果実をもたらすと同時に、テロワールの複雑なニュアンスを表現する上で大きな役割を果たしています。

 また土壌や自然に対しても、細心の注意を払った環境づくりを行なっています。いまだ(2025年8月現在)認証は取得していませんが、ビオディナミへの段階的な移行を試みています。「ブドウ樹が宿すエネルギーをそのままワインに」をモットーとして、季節や天候のみならず、月の暦も観察しながら畑の手入れを丁寧に行なっています。

 ピエール・ヴァンサンが2023年のファースト・リリースで手がけた数々のワインの中でとりわけ注目を集めたのが、コルトン・シャルルマーニュです。このグラン・クリュは、特異な位置にある二つの小区画、ル・シャルルマーニュとアン・シャルルマーニュから造られます。前者は日照を多く受ける暖かな区画であり、後者はより冷涼な風を受ける区画にあり、このコントラストを尊重するため、収穫は五日間の間隔を置いて行われ、テロワールの差異を最大限に活かす試みがなされました。醸造においては、約20%をセラミック製アンフォラで発酵させ、残りを樽で仕込むという独自の手法を導入しました。その結果、約2500本という限定的な生産量ながら、緻密さと力強さを兼ね備えたワインが生み出されました。

 ピエール・ヴァンサンが掲げるもう一つのモットーは「卓越は細部に宿る」[l'excellence se trouve dans le détail]。この言葉通りに、細部までこだわりの光るワイン作りを実践しています。今後の躍進が最も期待される生産者の一人でしょう。(ピエール・ヴァンサンの公式ホームページはこちら