アンジュー / Anjou
Anjou / アンジュー
ロワール・ヴァレーの心臓部——9世紀から続くシュナン・ブランの聖地で、クォーツ・ド・ショームからサヴニエールまで、甘口から辛口まで世界最高峰の白ワインを生み出す多様性の宝庫
アンジューはフランス・ロワール・ヴァレーの中心部、アンジェ市を起点に広がるワイン産地だ。歴史は深く、シュナン・ブランの記録は9世紀のグランフイユ修道院にまで遡る。大西洋の温暖な影響とヴァンデー森林地帯の緩衝作用が合わさり、年間降水量約500mmという穏やかな気候が実現。秋にはレイヨン川・オバンス川の河谷に霧が立ち込め、シュナン・ブランに貴腐菌(ボトリティス)を誘発する絶好の条件が整う。西部のアルモリカン山塊由来の変成岩・片岩・凝灰岩性スレートという古い岩盤土壌は、シュナン・ブランに骨格と凝縮感を与え、数十年単位の熟成能力を宿らせる。
アンジューが世界に誇るのは、その圧倒的な多様性だ。辛口の白はシュナン・ブラン100%で造るサヴニエール(AOCとしてはロッシュ・オ・モワーヌ、クレ・ド・セランを内包)がその頂点に立ち、ニコラ・ジョリーが体現するビオディナミの哲学でも知られる。甘口の白はコトー・デュ・レイヨン、ボンヌゾー、そして2011年にロワール唯一のグラン・クリュ認定を受けたクォーツ・ド・ショーム(最大収量20hl/ha)が世界の愛好家を魅了する。赤はアンジュー・ヴィラージュやブリサックでカベルネ・フランとカベルネ系品種が骨格のある赤を生み、ロゼはカベルネ・ダンジューとロゼ・ダンジューが親しみやすいスタイルを提供する。スパークリングはクレマン・ド・ロワールとして伝統的製法で造られ、シュナン・ブランの高酸がきめ細かな泡を生む。
片岩×貴腐×ビオディナミ——ニコラ・ジョリーが先導した自然農法の聖地で、シュナン・ブランの超高酸と甘美な果実が極限の緊張感を描く、ロワール唯一のグラン・クリュ産地
アンジューのシュナン・ブランが他産地のそれと根本的に異なるのは、土壌と気候の組み合わせが生む酸の構造にある。アルモリカン山塊の片岩・凝灰岩質スレートは、葡萄に緩やかなストレスを与えながらミネラルを蓄積させ、どれほど糖度が高くなっても酸が崩れない骨格を与える。コトー・デュ・レイヨンのボトリティス・ワインは発酵に最大2か月を要することもあり、極低温での長期発酵が糖・酸・芳香成分を複雑に絡み合わせる。クォーツ・ド・ショームは選果を数回に分けて行い、最高のブドウのみを収穫する「トリ」を義務付け、最大収量を20hl/haに制限する徹底した品質管理でグラン・クリュの称号を得た。
栽培面では、ニコラ・ジョリーがクレ・ド・セランで実践したビオディナミ(ビオディナミ)農法がアンジュー全体に波及し、ビオロジック認証を取得する生産者も増加している。AOCの枠を超えた表現を追求する生産者がヴァン・ド・フランスに格下げしてでも無補糖・無清澄・無濾過を貫くケースも多く、自由な醸造哲学がアンジュー品質の底上げを牽引する。赤の主役カベルネ・フランは気候変動によって成熟がより安定し、かつての草青さが鳴りを潜め、黒系果実と凝灰岩のミネラルが融合したエレガントな赤が生まれている。甘口から辛口、赤・白・ロゼ・スパークリングまで、ロワールの全貌をひとつの産地で体験できるのがアンジューの最大の魅力だ。