アラン・グライヨ / Alain Graillot

Alain Graillot
製薬会社を辞め41歳で転身——クロワーズ・エルミタージュを世界地図に刻んだ、シラーの伝道師
ドメーヌ・アラン・グライヨは、クロワーズ・エルミタージュを代表する産地として確立した立役者として知られています。創業者アラン・グライヨはリヨン生まれですが、ブドウ栽培の家系ではなく、父親はセメント工場を経営していました。電気化学エンジニアとして訓練を受け、製薬大手ルーセル・ウクラフ(後のサノフィ・アヴェンティス)でグアテマラやコスタリカなど国際的なキャリアを積んだ後、1985年に41歳でパリの生活を捨て、ポン・ド・リゼール村の外れに位置する約18ヘクタールの畑を取得してワイン造りへと転身しました。転身の際に力を貸してくれたのが、ドメーヌ・デュジャックのジャック・セイスとジャン=ピエール・ド・スメ(後のドメーヌ・ド・ラルロ共同創設者)というブルゴーニュの友人たちで、低収量栽培、全房発酵、旧樽の使用というブルゴーニュ的アプローチをシラーに持ち込む姿勢はこの時期に形成されました。
グライヨが拠点を置いたのは、ローヌ川とイゼール川の間に広がる「シャシー台地」のレ・シェーヌ・ヴェール区画です。丸石(ガレ・ルーレ)を含む沖積土壌と石灰質粘土が混在するこのエリアは、クロワーズ・エルミタージュの中でも特質に優れたサブゾーンとされています。グライヨは産地内でも早くから農薬を禁止した先駆者のひとりで、コンビエとともにこの地域における有機農法の普及に貢献しました。エルミタージュの「グルフィュー」区画にはわずか1,000㎡の区画も所有しています。2022年3月、グライヨは77歳で逝去しましたが、息子のマキシム(2008年〜)とアントワーヌが父の遺志を引き継いでいます。マキシムは自身のドメーヌ「エキュイ」も経営し、隣接するセラーでセラーを共有しながらも異なるスタイルのワインを醸造しています。アントワーヌは2004年に「ドメーヌ・デ・リーズ」を立ち上げました。
全房発酵とブルゴーニュの旧樽——「ラ・ギロード」が証明した、クロワーズ・エルミタージュの可能性
グライヨのワイン造りの核心は、ブドウを除梗せず全房のまま発酵させる手法にあります。ブルゴーニュの名門ドメーヌ(エティエンヌ・ソゼなど)から購入した1〜3年落ちの旧樽で熟成させることで、過剰な樽香を抑えながらシラー本来の個性を引き出しています。白ワインはマルサンヌ80%・ルーサンヌ20%で、醸造量の半分を旧樽で、残り半分をステンレスタンクで発酵させるという手法で、クリーンかつ複雑な仕上がりを実現しています。旗艦キュヴェ「ラ・ギロード」は特定のテロワールではなく、その年の最良のバレルを選び抜いたセレクションで、優れたヴィンテージにのみ生産されます(生産本数は年によって1,000本から10,000本以上まで大きく変動します)。かつてクロワーズ・エルミタージュは「単純なワインしか造れない」とみなされていましたが、グライヨのワインがそのイメージを根本から覆し、この産地を世界の銘醸地リストに押し上げました。